• TOP
  • しおりを挟む
  • 作品推薦
  • お気に入り登録
鬼姫に彼氏を

15

 放課後の静まり返った校舎、その中を足音が響いている。 足音を立てないように歩いてい
るようだが、急いでもいるようで結局彼の足音をなるべく立たせないという努力は無駄になっ
ている。

 それでも彼はそれをやめず、やがて目的地に着いたようで歩みを止めた。

 そして思いのほか荒くなっている息に気づき落ち着かせようとニ、三度深呼吸をし、てそれ
から入り口の戸をノックした。

「……女神」

「……防衛」

 かちゃりとカギの空く音がする。 そして静かに戸が開かれた。

 彼は音を立てないように静かに中に入りスーと戸を閉め、カギをかける。
 中には何人もの男達がひしめき合っており、どうやら自分が最後だったようだ……。  

 部屋の中の雰囲気は暗い。 実際にカーテンを全て閉めているので本当に暗いのだが、部屋
の中も男達の表情も暗闇に閉ざされているように真っ暗になっている。

『まるで敗残兵の集まりみたいだ』子供の時に見た戦争映画の中で敗残兵がせまい壕の中で敵
がいつくるかと不安になっている映像を思い出し、彼はそう心の中でつぶやいた。

 事実彼らは敗残兵だった。 ある目的をかけての勝負に負けた彼らはここで惨めにひしめき
合っているのだ。 誰もが諦めたかのように顔を下にして押し黙っている。

 その部屋の奥……、窓際に一人イスに座り、天井を見上げている男がいる。 彼こそがこの
敗残兵達のリーダーであり隊長……。

 もう俺達は駄目なのかもしれないという諦めがその部屋に充満しているのを目で、身体で、
心で理解していているはずなのだが、彼は静かにただただ顔を上げて腕を組んでいるだけだっ
た。

 彼の椅子から出るキーキーという錆びたスプリングの出す金属音が部屋の中の溜息と溶け合っ
てますます陰鬱な雰囲気が増していった。

 そのとき誰かが耳打ちをする。 すると男は一旦視線を下げ、一拍置いてから立ち上がった。
  

 目の前にいる者たちが彼に集中する。

「諸君……我々は敗北した」

 男は簡潔に事実上の敗北宣言をした。

 部屋の中の空気は一層重くなり、そこにいる全員がもはやここまでかと諦めかけたとき、

「諸君、我々は敗北した。……しかしそれですべてが決まったわけではない!」

 皆が顔を上げる。 部屋の中はカーテンを閉めているので暗く男の顔は見えない。

「諸君には、何がある?腕がある、足がある、頭がある、何より生きている!我々はまだ生き
ているのだ!」

 わずかに……本当にわずかにだが部屋の中の空気が軽くなった気がする。 しかしそれでも
彼らに充満する敗北者の気配は消えない。

「死んでしまえば我々は敗北だ。ああそれは認めよう、しかし我々は生きている。つまりまだ
完全に敗北していないということだ!腕があるなら物をつかんで投げることができる。足があ
るなら走ることもできる。そして頭があるなら逆転の戦術も戦略も考え付くことができる!諸
君……立ち上がろう…立ち上がれ!立ち上がるのだ!」

 バンッと照明が男にあたる。

 男の名は剥離忠信……瑞樹防衛隊のリーダーであり隊長である。 

 剥離の目は死んでいなかった。 不適に笑ってさえいる。

 最後に部屋に入った彼が周りを見るとみんな立ち上がっていた。

 敗北に心が砕かれ、絶望に頭を下げられていた男達がそれらに打ち勝ち、もう一度と砕かれ
た心のかけらを必死でかき集めて立ち上がろうとしていた。

「諸君……よく立ち上がってくれた。皆に聞きたい、我々の目標は?」

「瑞樹嬢の防衛!」

「諸君……我々の敵は?あのおぞましく身の程を知らない敵は一体誰だ?」

「同盟!同盟!」

「そうだ……同盟だ……しかし我々は約束をしたつまり邪魔をしないと……約束を破るのは信
義に反する、それは恥ずべきことだ」

 ざわざわと男達が騒ぐ、何故ここに来て勢いを裂こうというのか? 最後に部屋に入った彼
もまたその疑問を持った。

「たしかに我々は約束した……邪魔をしないと……認めると……しかし……」

 彼はニヤリと笑い

「何日までとは言わなかった!」

 おお! 一層ざわめきが強くなる。

「つまり我々はもう解放されてもいいのだ!奴等の勝利から!我等の敗北から!そこで最後に
諸君に聞きたい!我々は十分耐え忍んだか?それともまだ耐え忍ぶべきか?」

「十分!十分!」

 剥離は大きく息を吸い目を閉じそして黙る。 その何秒かが彼らにはものすごく長く感じる
のだろう……。

 早く早くとつぶやく者もいる。 待ち切れないのかその場で足踏みをしている者達もいる。

 剥離が焦らしている間にも彼らから出ていた敗北の臭いは浄化されるように消えている。

いやすでにもう消えうせていた。 いま彼らの中にあるのは一つの命令だけ……。 

 そして剥離は目を開き自らの言葉を待っている同志達に宣言した。

「よろしい!ならば我々は耐え忍ぶのはやめよう!今このときから我々の第2の戦いが始まる
!さあ諸君らは今日は家に帰り、寝て、英気をやしなってくれ、そして明日から始まる戦に全
力を出し瑞樹嬢を守ろう!」

 『おおおー!』万雷のような歓声が部屋の中で爆発する。 

 彼らは生まれ変わっていた。 最初に自分が入ってきたときには彼らは間違いなく敗北者だっ
た。 しかし部屋を出て行く彼らはまるで祖国を守るためにやってきた兵士のような気高さ
と誇りが見えている。

 教室からは兵士達が…一人の少女を守護しようと改めて熱く誓い合った者達が進軍するよう
に一人一人出て行く。 そんな者達を教室の隅で見つめながら彼は忌々しげに舌打ちをして部
屋から出ようとする。

 剥離の演説恐るべしと心に思い部屋を後にしたところで肩を誰かが強い力で掴んできた。

 振り返ると剥離が憮然とした顔で立っていた。

「江藤……周防に報告する気か?お前は隊則第2条に反したので修正をする。観念しろ」

 彼は何事か喋ろうとしたが言葉が出ない。 

 そのまま部屋の中に戻され戸を閉められた。

 そのとき初めて彼は声を、いや悲鳴を上げたのだった…………。
red18
  • TOP
  • しおりを挟む
  • 作品推薦
  • お気に入り登録