目を赤く腫らした俺を見て母さんは驚いた様子だった。
「学校から連絡来てるから早退してくるのは知ってたけど……何があったのよ?瑞樹ちゃんも
早退してきたっていうし……」
「なんでもないよ……」
そういって俺は二階の自分の部屋に上がっていく。 母さんもそれ以上は特に何も言わずそ
のまま台所に向かう足音が聞こえた。
ベッドに倒れこみ、そのまま眠ろうとするが眠ることができない、目をつぶるとあのペタン
と座って泣いている瑞樹の姿が浮かんでくるからだ。 そのたびに目を開けるが、当たり前の
ようにそこは自分の部屋で、それがまた罪悪感を刺激する。
あの時……もう少し俺は言いようがあったんじゃないか……? もっと上手くごまかす方法
もあったんじゃないか……? そんなことをずっと考えていると、自分の勝手さに嫌気が差し
てまた落ち込んでしまう。
とうとうその日俺は部屋から一歩も出ず、夕食も食べなかった。
「例によって熱はないわね」
母さんが体温計を見て淡々と言った。
「ごめん……母さん今日学校休むよ」
まだ学校に行くのがつらかった。 いやというより瑞樹にどう声をかけていいのか? 仮に
瑞樹がいなかったとして周防先輩や剥離先輩にどんなことを言えばいいのか? それを俺はま
だ見つけられないでいた。
「はいはい……今日は土曜でしょ?学校は休みよ、今日一日安静にしてなさいよ」
あきれたように言って母さんは部屋を出て行った。
そうか今日は土曜日か、学校が休みだということを思い出してホッとした。 しかしすぐに
罪悪感がぎちぎちと心を締め付けてくる。
それでも最低の俺がどうしてもやらなければならないことがあるので、俺は母さんが出かけ
るのを待ってから風呂に入った。
浴槽の鏡を見ていると目を腫らしてひどい顔をした俺がいた。 瑞樹もこのくらい腫らして
いるんだろうか? そう一瞬思ってまた心が痛み出したが、それに耐えて俺はまず顔を洗った。
最初はお湯で次に冷水。 それを何回かくりかえしていると少しはしゃっきりしてくる。
次に身体を洗い頭を洗い、そして浴槽に入って我慢の限界まで入り続けた。おそらく時間に
して三十分くらいだろうか? 新記録だ。 我ながらくだらない……。
風呂から出るとまだ心は痛むけれど気力は回復してきている。 部屋に戻り自分の貯金箱を
壊して中の小銭を取り出すと俺は服を着て自転車のカギを持って家を出た。
目指すは街の方だ…………………………。
その日はそれで終わった。 帰ってきたら俺はそれを机において服をぬいでそのままベッド
に倒れこんで、そのまま部屋からは出なかった…………………。
次の日……つまり日曜日、約束どおり間原が家に迎えに来た。母さんは瑞樹に接するように
普通に接して俺達を見送ってくれた。
「和樹君のお母さん……昔と本当に変わらないね、うらやましいな……私のお母さんはどんど
ん年取ってくよ」
「それが普通だからな、あの人がおかしいんだよ」
「あははっ!ひどいな~おばさんそれ聞いたら怒るよ?」
「まあ……いないときにしか言えないけどな」
行きの道のりはただ他愛も無い話をしていた。 最近街の方にいって可愛い服を見つけたと
か47号屋に行ったけどあそこ変なアイスばっかだよねとかそんな話をしているとあっという
間に目的地であるハウム学園に着く。
「それでパーティはどこでやるんだ?さすがにあの茶室はないよな?」
「うーんまだみんな集まってないみたいだから私達は茶室で休もうよ……少し疲れたし……」
そういって間原は茶室の方に歩いていく 茶室の前に立つと、前は気づかなかったが、周り
が自然に囲まれているせいで校舎からはここが見えないという作りだった。
「なんか茶室って落ち着くための場所だからああやって少し隠すのがトレンドらしいの」
「へえーそういうもんなのか」
そんなことを話しながら俺達は茶室の中に入る。 中は当たり前だが前と同じで間原はまた
足を伸ばして横になっている。 今日の間原の服装はなぜか制服だったが、学校に来
る以上制服は当然でしょ? と当たり前のように言われたので何もいえなかった。
しかしスカートなので間原が動くたびにひざやら太ももが見えてしまう。
「間原……見えるぞ」
「ふーんだ……大丈夫だよ~だ、見えないように動くもん」
そんなやり取りをしていてふとすでに茶室の中に入って二十分くらい立っていることに気づ
いた。 そろそろ始まるのだろうか……?
「間原……まだ友達集まらないのか?」
「え……?ああ……その……実は」
ちょっと言いづらそうに視線をそらして間原が言う。
「実は……ね?カズちゃんにお願いしたいことがあるの……」
「なんだよ……」
「その……この間言ったでしょ?私達の仲間にってやつ……あれ少しは考えてくれた?実はも
うすぐ仲間が来るからそこで紹介したいなと思ってちょっと早めにここにきたんだけど……」
「その話か……」
「別に……入ったら何かしなきゃ駄目って訳じゃないよ?ただ仲間同士集まって話してるだけ
とかでもいいし、カズちゃんがいいって言うんならあたしの権限で最高幹部にでもできるんだ
よ?だから……入ろうよ……ね?オネガイ……」
上目遣いで目をうるうるさせて間原がお願いをする。
俺はその目をまっすぐ見つめて言う。
「悪いけどそれはできない」
間原の目が驚いたように見開く、
「……どうして?」
「前にもいったろう?梅雨が開けて夏休みに入ったら海に行こうって……別に俺が組織に入ん
なくても俺と間原の関係は変わらないし逆に組織に入らなきゃ仲間になれないなんてやっぱり
おかしいよ……なあ間原……組織とかそういうの忘れてみんなで仲良くやろう」
「……それって瑞樹とも仲良くしろってこと?」
「……ああ」
少しためらってから決意するように肯定した。
間原はそれを聞いて、ふーと溜息をついてイラだったように頭をかきむしる。 そしてひと
しきりやると、じろりとこちらを一瞥して大きく誰かに向かって叫んだ。
「やっぱり回りくどくやるのは性にあわないわ、小林!お願い!」
「はい……どうも」
床板の一部が上がって中から………小林君が出てきた。
「こ、小林君……」
「こんにちわ……和樹くん。久しぶりですね、今回はこんなところから失礼しますよ……
よいしょっと」
床下から小林君が床に上がる。 そしてその後ろから屈強そうな男達がばらばらと出て
きて彼らも床に上がる。
「あの……これは……どういう……」
「はい……実はなるべく穏便にことを済ましたかったのですが、仕方ないので強攻策にでます。
和樹君はその間ちょっと誘拐されてもらうんですよ。それじゃ……お願いします。みなさん
……」
「おおう!」
男達がそれを合図に俺に襲い掛かってくる。
「うわ……なんだこれ!」
「あなたが悪いのよ和樹、人が穏便に済ませようと思ってたのに断っちゃうんだもん、しょう
がないよね?」
人差し指を口にあててそれを俺のおでこにつけながら間原が俺に言った。
「それじゃ……ちょっとしばらくはおとなしくしててもらいますから、あっ!大丈夫!お
家には遅くなると伝えてありますので」
小林君(いやもう小林でいい!)が涼しい顔でそんなことを言っている間に男達は俺を
縛りあげて床に転がしていた。 俺も縄を解こうと暴れるが縄はきっちり締まっていてど
うにも抜け出せそうにない。
そのとき暴れたひょうしに俺のジャケットの内ポケットに入れておいた小箱が床に落ち
た。
コトンという音を出して転がった小箱を間原が手に持って見上げる。
「ふーん、これなに……?」
「お前の誕生日プレゼントだよ!」
「そうなんだ……でも残念。私の誕生日って本当は十月なんだよね~、でもこれは一応私への
プレゼントだから貰っとくね~」
そういって小箱を自分の制服のポケットに入れる。
「あなた達はとりあえず先に例のとこに向かってて、私も少ししたら行くわ」
「は……?いやしかし……」
小林や他の男達も難色を見せるが、
「あら……大丈夫よ、それに……私の言うことが聞けないの?」
睨み付けるように言うとさすがの男達も目をふせてしまう。
唯一、小林だけがニコニコしながら、
「わかりました」
とだけ言って他の男達を連れて出て行ってしまった。
そして残されたのは……俺と間原だけになった。
間原は小林達が完全に学校の外に行くのを確認してからゆっくり俺に近づき、すっとしゃが
みこんだ。 ちょうど仰向けになった俺を覗き込むような位置で間原は俺の顔をじっと見てい
る。
「……なんだよ」
とりあえず強がりを言ってみた。
「ふふっ…それ、強がりでしょ?」
あっさり見極められたようでちょっと悔しいが、さらに強がっても恥ずかしいだけなのであっ
さり認める。
「そうだよ、大体お前は一体何がしたいんだよ?」
「うーん……世界征服?」
「な、なにを……」
「……というのは冗談で、私が望むのはいっぱいの下僕と一人の友達……そして……」
そこで……言葉を区切って顔を俺に近づけてくる。
「な……ちょっと……まて!」
思わず目をつぶる俺の頬にぽたりと何かが落ちてきた。
なんだ……? 目を開けて見ると……間原が泣いていた………。
声こそ上げないけれど間原は大粒の涙をポロポロ流しながら俺の顔に涙を落としていた。
「どうして……?どうして私じゃ駄目なの?あんな……泣き虫で……あなたの優しさに甘えて
ただけの娘がなんで……いいの?」
「……間原」
俺は何も言えずただ間原が落とす涙を受け止めていた。
一つも落とすことのないように……。
「わかってる……わかってるよ……あの娘可愛いもん。私には到底かなわないってわかってた
よ?でも私だって頑張ったよ?私だってあの、娘みたいに……いつも気にかけてもらいたかっ
……泣いたら頭をなでてもらいたかった……そんでもっていつまでも一緒にいたかったんだよ
?……わたし……わたし……」
間原はスッと立ち上がり涙を拭くと涙でぐしゃぐしゃになった顔を無理に笑顔にして、
「えへ……ゴメンネ、でももう戻れないの……もうカズちゃんに拒否されて瑞樹も、もう友達
になることは無理だろうし、私には小林達しかいないの……だから……だからごめんね」
そういって間原はゆっくり茶室から出て行った。 その後姿があまりに悲しすぎて俺は涙を
流していた。
くそっ!結局俺は何もわかっていなかった! あの二人は同じだったんだ! お互いがお互
いを理想にしていて、無理に自分をそうしようとして結果ああなってしまった。
体育館の時も生徒会室の時もそして今の間原のことも結局俺は何も気づかず二人を傷つけた。
一体俺はなんなんだ? ただの大馬鹿野郎だ! 結局何もできない本当の無能なんだ!
やけくそになって茶室の床に頭を打ち付けるがこの悔しさも心の痛みも消えてはくれな
かった、ただ何もできなかったという無力感だけは強くなっていった………………。