• TOP
  • しおりを挟む
  • 作品推薦
  • お気に入り登録
掛け持ち無能従者!

エピローグ

 月封の儀式から一ヶ月が立っていた。

 季節は晩春に差し掛かり、山を多う木々たちは青々とした葉をつけてすでに近くまでやって
きている夏に備え始めている。

 そんな蒼海の地で一足早く夏がやってきたような熱気が蒼海の里の一部で発生していた。

「……まずどういうことかはっきりさせましょう」

 ぴくぴくと動く青筋を額に浮かばせながら月代が限界まで抑えた声で投げかける。

「はい……どういうことかはっきりさせましょう」

 その横でにこやかな笑顔を固めたまま正座をして月代に同意する。

 笑顔とは正反対の緊張感に後ろに控える界が震えている。

 自分の初恋の人……主である日輪の今まで見たことのない姿に戸惑い怯えている姿は事情を
知っている者達ならば同情を禁じえないだろう。

しかし今は他の者達も折らず、部屋の中は月代に日輪に界、そして……

「当たり前であろう?錬はわしの従者じゃ、家来じゃ、だから仕えるのは当然じゃ……のう?
錬や」

「え、ええ……まあ」

 状況に戸惑いならも錬が答える。

「それは分かったわよ、あんた達が里を出るのを待ってもらってるから錬があんたに仕えると
いうのは解かる……解かりたくないけど解かる……でもね!」

 ダンと右足を床に叩きつけるように下ろして錬達を指差す。

「何でそんなに引っ付いてるの!同じ部屋で寝てるの!いつも一緒に居るの!」

早口でまくし立てる横で日輪が相変わらずの鉄笑顔で、

「どうしてですか?」

 と一言で部屋の温度が三度は下がるような威圧感を出して聞く。

 そして月代の早口抗議と日輪の絶対零度な態度を意に介さずに片尾が、

「だってわしの従者じゃから……キャハッ!」

 まぶしい笑顔で返す。

 月代たちの後ろに控えている界が見ていられないというよう風に顔を背ける。

 片尾は胡坐を書いている陸の足の間に座りこんでそのまま両手を上に持ってきて陸の首に絡
めている。

能力は錬に奪われたままだが、せめて姿だけはどうにかしてくれと言われたので少し妖力を返
したので姿は錬達と同じ年頃の姿になっていた。

服装は月代たちと同じ巫女服であるが、だらしなく着こなしているため豊満な胸が袂からチラ
チラと見えており、それが界が顔を赤らめて背けている理由であった。

「だから主従ならそこまで絡むこと無いでしょうが!とにかく離れなさいよ」

「嫌じゃ」

 小馬鹿にした態度でさらに片尾が錬の顎の辺りをさすりながらほおずりする。

「キャー!なんて破廉恥なことを……不潔です!早く離れなさい!」

「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ」

 猫のように目を細めながらスリスリスリとほおずりし続ける。

「もう……我慢できないわ!もう一度封印してやるわ二人ごとね」

 プチっという音と一緒に血走った目で月代が構える。

「ちょっ……月代様……落ち着いて……日輪も……」

 血走った目に恐怖した錬が日輪に助けを求めたが、日輪は鉄のように固まった笑顔になって
親指を下に向けてそのまま落とす。

 逝ってしまいなさいという言葉と同時に里の一画で爆発音が響き渡った。




「何だ!何が起こった!」

「月代様がまた怒って暴れているようですね」

 突然の爆発に驚く日間に涼しい顔でお茶を飲みながら陸が答える。

「何だまたやっておるのか……あの三人は」

 鈴音が二度目の爆発音を聞きながらお茶をすする。

 爆風で建物が震え、ぱらぱらと埃が天井から落ちてくる。

「どうやら近いようですね」

「そんなに落ち着いている場合ですか二人とも!月代様とあの化け物が戦って居るのですよ!
もし何かあったら……」

 心配そうな日間が立ち上がると、陸が袖を持って止める。

「大丈夫ですよ……あれはじゃれあっているようなものですからその内に収まります」

「そうそう、若いから力が有り余っているだけよ、そのうち収まるだろ……それより」

「はい?なんでしょうか」

 陸が向き直る。

「その顔の火傷、何故治ってから契約を解除しなかった」

 実は陸は火傷がある程度回復したところで自分から契約を解除してくれと言ったのだ。

 火傷が完全に治ってからという周囲の意見を聞き入れずに契約解除を願う陸に片尾が苦笑し
ながら「変に誇り高い奴じゃの」と聞き入れてくれた。

 以来、陸の顔面の半分は片尾の妖火によってつけられた火傷が残った。

「……別に大した理由ではありませんが、しいて言うならいつかまたもう一度あの方に従者に
していただくためにその決意を忘れないように、印を残しておきたかっただけですよ」

 陸の言葉に二人とも言葉を失った。

「ま、まさかお主……あの化け物に……惚れたのか?」

 日間が信じられないという顔で聞き返す。

「別にそういうわけではないですよ、ただあの方に近づくには僕はまだ修行不足だったので努
力していこうと決めただけですから」

 そうは言っているが、陸は嬉しそうに火傷部分をさする。

「まあ……何と言うか複雑な関係じゃの」

 ポツリと鈴音が言ったところで三度目の爆発が近くで起きる。

「近くなってきたな、そろそろ止めるか」

「はいそうですね」

「結局止めるなら早く止めればよかったではないですか」

 立ち上がり外に向かう二人に日間が後ろから抗議すると、振り返り笑いながら答えた。

「昔からよく言うじゃろ……人の恋路を邪魔する奴は……」

「馬に蹴られて死んじまえ」

 絶句した日間にさらに鈴音が、

「最もその恋路で里が滅亡したのでは物笑いじゃからな、馬に蹴られるのを覚悟で止めにいか
なきゃならん」

「はい……ついでにあいつが死んでくれるといいんですがね」

 さらりと物騒な事をいいながら、陸と鈴音が外に飛び出していく。

 後に残された日間も慌てて外に飛び出していく。

 ちょうど外では四度目の爆発が起き、爆発音の後に女子二人の怒声に悲鳴を上げる男子二人、
最後にまるで心底楽しそうに笑う化け物の声が里中に響いていた……。
red18
  • TOP
  • しおりを挟む
  • 作品推薦
  • お気に入り登録